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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3195号 判決

控訴人

岡田一郎

右訴訟代理人

井上章夫

被控訴人

国鉄労働組合

右代表者

村上義光

右訴訟代理人

大野正男

外五名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所が確定した本件事実関係については、原判決理由中に示された原裁判所のそれと同じ(原判決理由一枚目二行目から同二枚目表末行まで)であるから、これを引用する。

二ところで、一般客による国電の利用なるものは、国鉄が公共企業体として国電を経営することによつて享受している一般的利益にすぎず、不法行為法上侵害の対象となる権利とはいえないものであるが、かかる利益の享受も第三者の違法な行為によつて直接かつ具体的に妨害されたときは、それによつて生じた損害の賠償を請求することができると解するを相当とする。

三本件請求は、要するに控訴人が被控訴人組合の違法ストにより、目黒駅から新橋駅に至る間の国電の利用を妨害され、よつて損害を生じたので、その損害の賠償を求めるというのであるから、もし本件ストが行われなかつたならば、控訴人はその当日被控訴人主張の方法を用いて特許庁に赴いたであろうという高度の蓋然性の認められることが本件請求の必須の前提でなければならない。そうでなければ、そもそも控訴人は本件ストによつて直接的に国電の利用を妨害され、これによつて損害を被つたとはいえないからである。よつてまずこの点について検討する。

控訴人宅から特許庁に至るまでの国電、私鉄等を利用する交通方法として被控訴人主張の、、、の四通りがあることは当事者間に争いがなく、それぞれの方法によつた場合の所要時間、経費が被控訴人主張のとおりであることは、控訴人が明らかに争わないので、これを自白したものとみなす。そうすると、少くとも右の方法はの方法に比較し、経費面では片道二〇円(約二二パーセント)多くかかるが、全所要時間は九分(約二三パーセント)少く、かつ歩行時間も九分少いので、総合的にみてより便宜であるということができるから、通常人ならば大岡山から特許庁に至るためにはの方法よりもの方法を選ぶ確率が高いと考えられ、従つて控訴人の場合においても、特段の事情がない限り、自由な選択が許されるとすればの方法を選んだであろうと推認すべきところ、右特段の事情を認めるに足りる証拠がない。もつとも控訴人は原審において、地下鉄日比谷線について聞いたことはあるが一度も利用したことがなく、特許庁へ行くときはいつも国電を利用していた旨供述しているが、同じく控訴人の右供述によれば、控訴人は二五年以上も現在の住所に居住して、しばしば用務のため東京都心部に赴いていることが認められるから、地下鉄日比谷線を利用したことがないなどの右供述は到底措信することができない。それ故、控訴人の本件請求はその前提を欠き、その余の争点につき案ずるまでもなく、いずれも失当というほかはない。

のみならず、控訴人が本件スト当日のために通常用いていた交通方法をとることができず、別のより多くの費用のかかる交通方法を選択せざるをえなかつたと仮定しても、その費用増がストによる損害であるというためには、本件スト当日控訴人が特許庁に赴くこと自体にやむをえない事情のあつたことが前提でなければならない。けだし、ストの日を避けて特許庁における用務を果たしたとしても、控訴人にとつてなんらの不都合のない場合に、ストの行われていることを知りながら、わざとストの日を選んでより多く費用のかかる方法を用いて特許庁に赴いたとすれば、その費用増はストの結果生じたというよりも、控訴人が避けようとすれば避けることのできた損害を自ら招いたものといわざるを得ないからである。そうして原審における控訴人本人尋問の結果によれば、控訴人がスト当日特許庁に赴くため自宅を出るに当り、国電がストのため運行されていないことを知つていたことが認められる一方、控訴人の特許庁における用務が本件スト当日に果されなければならないものであつたとの点については、これを認めるに足りる証拠はない。従つて控訴人の本件請求は、この意味においてもその前提を欠き、いずれも認容することができない。

四以上の次第で、控訴人の本訴請求をすべて棄却した原判決は結局正当であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(杉本良吉 石川義夫 三好達)

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